株式会社写研。当サイトでも何度か書いている、書体(フォント)のメーカーです。
【2021年1月追記】なんとモリサワと共同開発でフォント開発を行うようです!!!詳細はこちらから
かつては名門の書体メーカーとして名を馳せ、1970年代・80年代はまさに写研の独壇場といっても良い程に、出版物からサインシステムに至るまで、日本の書体という書体を独占してきました。
1980年中頃には、関東で80%・関西で60%のシェアを獲得、社員も1200人以上を抱える一大企業でありました。
しかし90年代から始まったIT化・DTP化の流れに追従せず、むしろその流れを拒否した結果、書体メーカーにおけるもう一つの巨頭「株式会社モリサワ」に売上高ベースで抜かれ、また脱税事件なども起こして没落してしまいました。
かつて日本中の書体を独占した写研の文字は、今や多数が駆逐される結果となっています。
現在でも道路標識などでまだ姿を見ることは出来ますが、近年阪神高速などの都市高速道路においてヒラギノへの転換が始まるなど、必ずしも盤石ではありません。
写研系のエントリは何度か書いていますが、いずれも注目度が高く当サイトにおいてもよく読まれる記事となっています。
脱税事件まで起こした企業に何故閲覧者が注目するのか? それはみんながその書体に価値を感じ、その書体を使いたいから、です。
ここ数年、それまで全く動きのなかった写研にちょこちょこと変化が現れ始めているので、その動きを纏めてみました。
代表的な写研の書体(フォント)
写研が作ってきた書体には次のようなものがあります。
石井ゴシック
1970年頃前までの出版物には必ず使われる文字です。
大阪万博や東京オリンピックのパンフレットにも登場する「この時代を再現するのに必須の書体」でもあります。
発表は1932年と意外に古く、40年近く使用されてきました。
ゴナ
1975年発表。その完成度の高さから、これまでの石井ゴシックに取って代わられ、1990年代のバブル時代~バブル崩壊時代頃までよく使用された定番書体。
長堀鶴見緑地線の指定フォントでもあります。(ゴナB BNAG)
ナール
1972年発表。道路標識に使われている丸文字で、現在でも使用されています。
鉄道ではかつて、阪急電車の代名詞とも言えるほど密接な関係でしたが、写植システムから脱しない姿勢に嫌気が差したのか、近年はイワタUDゴシックへと切り替わっています。
また、ニュートラム・南港ポートタウンサイン計画の指定書体でもありました。
ゴカール
1985年発表。クレヨンしんちゃんのタイトル文字として有名な書体です。
BA
こち亀や歌い手のアンダーバー氏などに用いられる怪しげなスマイルマーク、1965年発表。
正式名称は「Full Moon With Face」で、BAいう書体の中にある90番目の文字で、通称「BA-90」とも呼ばれています。
これら多数の書体はいずれも60~90年前半において、日本の出版物・サインシステムを席巻した書体です。
”写研のフォント”はない
先述しましたが、写研はデジタル化・DTP化の流れを拒否しているので、PCで使えるフォントには一切写研のデータはありません。
これは前社長であり、絶対的な権力を持った石井裕子氏がIT嫌いであったことが背景としてあるようです。
社長は会社の”法律”だった。(中略)
九三年に作成された社内分掌表が手元にある。「総務」「経理」「営業」「労務」「開発」ーー各部の責任者欄のすべてに社長の名前が記載されていた。
それは社長のゴーサインがなければ会社は動かない、ということを意味した。業界関係者の証言もある。
「写研さんは、社長がいいといわなければ何もできない。やれといわれたらどんなことでもやる」
出典:読売新聞『[隠蔽] 写研=中 「社長は法律だった」』(1999年1月3日,38面)
写研の業績・売上
株式会社写研は、本来義務であるはずの決算公告もしていないのか、データが見当たりません。
後述の資料でも「従業員持株会において配付されたもので、B4判1枚程度のもの」と書かれるなど、身内向けにすら積極的でないようです。
限られた資料から読み取れる範囲では、次の通りです。
①1991年度では年商350億円→しかし1998年度には175億円まで落ち込み、ライバル企業のモリサワと逆転。(1
②2005年度(2005/7/1~2006/6/30)では営業利益が▲2億9500万円、経常利益が▲1億8600万円。内部留保が425億円。(2
③2006年度(2006/7/1~2007/6/30)では営業利益が▲3億3200万円、経常利益が▲5900万円。内部留保が435億円。内部留保が増えたのは為替差益の特益によるもの。(2
*1 読売新聞、1999年1月より
*2 東京都労働委員会 「命令書」https://www.mhlw.go.jp/churoi/meirei_db/mei/pdf/m10406.pdf
2005-6年時点の決算データを見ると、写植システムをビジネスモデルとした事業においては、営業利益ベースで赤字計上が続いているものの、バブルの時に溜め込んだ膨大な内部留保(貯金)でなんとか維持している…という印象です。
しかしながら、その現行の写植システムも2024年には終了する見込みであるとの事。
動きがあるとすると、このあたりでしょうか。
写研の電算写植機ではISDN回線を使用して使用料をカウントしており、昨今も少数のオペレーターから使用料を徴収していたと思われるが、この回線は2024年に終了するという。
出典:https://note.com/tkri/n/n35f39ba9cbaa
社長の逝去
長年写研を率い、「会社の法律」とまで言われ絶対的なトップダウン経営を行ってきた、創業者石井茂吉氏の三女である石井裕子(92)社長が、2018年9月24日に逝去されました。
新しい代表取締役には、顧問税理士であった南村員哉 氏が就任しています。
ドメイン取得
長らくITとは無縁の立ち位置にいた写研ですが、2019年7月19日にドメイン「SHA-KEN.CO.JP」を取得。Webサイトを開設できる状態に入っています。
実は写研がドメインを取るのは2回目(3で、一度目は1993年8月3日に削除されています、
*3 https://www.nic.ad.jp/ja/materials/committee/1993/0917/shiryou-2-5-1.html
工場の売却
2020年4月頃から、埼玉県和光市にある写研埼玉工場の解体を開始。
前社長の逝去から、何か動きが始まっているようです。
写研に対する想い
写研は、日本の出版・映像・サイン文化を作ってきたメーカーという意味では非常に尊敬できる会社です。
私がフォントの面白さに気づいたのは、大阪市営地下鉄の長堀鶴見緑地線で使われた「ゴナ」の文字からでした。
個人的には、大阪に本社を置いてくれていることもあってモリサワが好きですが、株式会社写研も会社自体は嫌いじゃありません。
どちらかというとその周りの「写研信者」「写研至上主義者」が煩いイメージ。彼らは何かというと「新ゴはゴナのパクリ」と一斉唱和する。
法治国家の日本において裁判で否定されてるのにまだ言うか。
書体は使われなくなると一気に「過去のもの」「古いもの」になる……つまり陳腐化する代表的なものだと思います。
例えば、バブル時代に多用された「ゴナ」。
かつて雑誌では必ず使われていたこの書体も、見る機会が極端に減った現在では一気に古くなって過去の遺物となってしまった印象が拭えません。
一方で、未だに道路標識にて採用され続けている「ナール」には特に古い印象を感じません。
是非とも写研は「愛のあるユニークな書体」をDTP化・フォント化させて門戸を広げ、いまどきならではのYoutubeやWebサイトなどと親和性の高い媒体で多用されるような、「写研フォントを目にするのが当たり前」な時代になるといいですね。
書体に罪はないのですから。
写研関連エントリ
https://note.com/tkri/n/n35f39ba9cbaa
参考文献
鳥海 修「フォントベンダーの近況(<特集>タイポグラフィ研究の現在)」
東京都労働委員会 「命令書」https://www.mhlw.go.jp/churoi/meirei_db/mei/pdf/m10406.pdf
読売新聞『[隠蔽] 写研=中 「社長は法律だった」』(1999年1月3日,38面)