現在日本橋にある旧高島屋東別館(現在リニューアル工事中)の地下には、なんと将来地下鉄が通った時に向けて地下駅の準備をしている…という話があります。
この建物が出来たのは1938年。当時は「松坂屋大阪店」として開業しました。
その後、かつて大阪のメインストリートであった堺筋が御堂筋にその地位を譲ると、堺筋日本橋に作られた松坂屋は地の利の面で高島屋や大丸・そごうなどの御堂筋沿線にある百貨店に対して不利になっていきます。
そして1963年に高島屋へ売却、松坂屋はターミナルビルである天満橋(現在の京阪シティモール)へと移設されることになります
当時の建設計画に堺筋線はない
特集を組んだ産経新聞は次のように伝えています
当時は地下鉄堺筋線の新駅が建設される計画があり、百貨店はそれを見越して地下に出入口を設けていたが、残念ながら駅が実現することはなく、壁を隔てて地下鉄の通る音が響くのみとなってしまった。
出典:https://www.sankei.com/west/news/150209/wst1502090044-n1.html
と、堺筋線の建設計画があったことを報じていますが、堺筋線の計画が持ち上がったのは1963年のことなので、この建物ができた1938年当時ではまだ計画がなく、整合性に疑問が生じます。
当時の大阪市営地下鉄建設計画は
・御堂筋線(江坂~我孫子、現行ルートのまま)
・松屋町筋線(現在の谷町線。森小路~梅田・南森町まではほぼ同じ、南森町から松屋町筋を経由して天王寺まで)
・四つ橋線(大国町~玉出)
・中央線+千日前線(大阪港~長堀通~平野)
の4路線が計画されていたに留まり、先述のように堺筋に地下鉄建設をする計画はありませんでした。
いったい当時の設計総指揮者が、どこから地下鉄建設計画の話を聞きつけたのか、謎は深まるばかり…
高島屋、松坂屋の社史を見てもそこの言及はありませんでした。
現在調査中です……もし完全なことがわかれば、Osaka-Subway.com内で改めて記事化します…
追記
この件について、いつもお世話になっているN.(はる)さんが記事にして検証されています…!
関連リンク
http://wporpt.blog.so-net.ne.jp/2017-10-26
地下駅の様子の写真はこちらに掲載されています
参考ツイート
阪神電鉄技術顧問多田英司さん「鉄道省、内務省、大蔵省、大阪府、大阪市で協議を重ね、大正14年に計画路線が策定された…第2号線は現在の谷町線で、京阪線の森小路から梅田を経由して松屋町を南下して天王寺に至る…」
— N.(はるさん) (@haru9629) May 1, 2018