フォント「ヒラギノ」は、字游工房が開発し、大日本スクリーン製造が発売した名フォントです。
Osaka Metroのサインでもよく使われ、Macの標準インストールフォントにもなっているなど、たくさんの人が何気なくよく目にするフォントでもあります。
このヒラギノの由来が、京都にある「柊野」という町から来ていることをご存知でしょうか。
京都市北区の鴨川(賀茂川または加茂川)左岸にある地名、柊野(ひらぎの)に由来。
出典:http://www.screen-hiragino.jp/about/
以前から気になっていたのですが、今回ふらっと行ってきました
代表的な交差点「柊野別れ」
柊野地区の代表的な交差点である「柊野別れ」。小さく閑静な住宅という感じですね。
余談ですが「柊野別れ」のフォントはナールです。なーるほど…
「柊野」は柊の木がたくさん生えていたから、というのが由来だそうですが、あわせてこの交差点には「別れ」という独特な名前もついています。
このの「柊野別れ」は、なんと処刑場への最後の見送り…という意味での「別れ」という話がありました
「柊野別れ」の“別れ”には、“道が分かれるところ”という意味があり、実際にこの交差点から貴船方面へ行く道と雲ヶ畑方面に行く道に分かれています。
この交差点の北方向には京都産業大学がありますが、かつては、そこに処刑場がありました。処刑される罪人の家族は、この交差点から先へは家族と言えども、罪人に付いていくことが許されず、この交差点で別れを惜しんだそうです。そういうことがあって、この交差点はいつしか、「柊野別れ」と呼ばれるようになったのです。今は車と人が行き交う単なる交差点に過ぎませんが、その昔は罪人とその家族にとっての永遠の別れの場所だったのです。
がしかしこの話は、処刑場であったとされる京都産業大学の公式見解では否定されています。
「柊野別れ」という名前は、昔、そこに刑場があり罪人が別れを惜しんだから、という噂が古くから学生の間であるようですね。あいにく、そのような歴史的な事実はありません。京都ではT字路には独特の「別れ」という名がついており、「別れ」をこの世の別れと解釈して刑場の噂が広まったのかもしれません。
確かに、京都産業大学キャンパスの敷地は京都でもかなり山手の方(駅でいうと京都精華大前)になるので、鉄道が発達している今ならともかく、不便な郊外地にそのような処刑場を作るのは確かに考えにくい。
大阪も処刑場は千日前、京都は三条河原が有名ですが、やはりどの地もある程度都心部にて行われています。
処刑場ではなく、単純に道路の分岐点での別れという説が正しいようです
この近くには「京都柊野郵便局」があります
同様に交番もありました。
ちなみに、ここまでヒラギノが一切使われていないことは内緒です(白目)