【阪急・新京阪】P-6を保存している阪急の車両保守陣はすごい!

新京阪電気鉄道 P-6型といえば、鉄道にちょいと詳しい方なら誰しもが「」となる電車。

そう、国鉄東海道線の特急列車「燕」を爆速で追い越していた、伝説の車両です。

現在は阪急京都線内の正雀車庫で保存されています。

そう、「新京阪」の車両「阪急」の方が、現在に至るまで丁寧に保存されているのです。

 


新京阪を奪った阪急だが…

当記事でも取り上げているように、そもそも「新京阪」というのはもともと京阪電鉄の子会社で、戦時中の統合によって無理矢理合併させられ、戦後は阪急に奪われたという歴史があります。

がしかし、今回その(不名誉な)歴史については一旦おいておきましょう。

【鉄道歴史ミステリー】阪急に「奪われた?」新京阪鉄道

 

阪急は現在でもそのP-6を動態保存(動けるようにして保存)しており、これは特筆すべきポイントです。

保存の意義は技術遺産ということにしたが、収益を生む代物ではない。しかも新京阪の遺産であり、阪急本流の遺産ではない。ドライな社風の中で、いわば一人の定年者に対し、復元費という特別な退職金と、保存場所という住居と、さらの補修費という年金を、どのような理由で与える必要があるのか、という問いに対しては、そう簡単に答えが見つかるわけがない。

それとなく社内の感触を探ってみたが満更でもなさそうだった。経理や財務のからみでは、支出の費目や資産の位置付けなどについてもヒントを与えてくれた。察するに車両関係者以外にも、さらには上層部にさえも、「隠れ P-6信者」があちこちに潜伏していたような空気を感じた。1974(昭和49)年、復元工事は完成した。

出典:「鉄道ピクトリアル 臨時増刊号 【特集】阪急電鉄 2010年 8月号」電気車研究会

 

いわば「他社の車両」なのに、その歴史をリスペクトして、補修費や維持費をかけて保存しているのです。

P-6は1927~28年頃の電車で、維持にはかなりのコストだけでなく、補修部品がなかったりすることから手間もかかります。

にも関わらず、現在まで良好に保全されている。こういった姿勢の阪急の車両保守陣に、敬意を表さずにはいられません。

 

ちなみに阪急の系譜としては、阪急レールウェイフェスティバルでP-6の後ろに繋がれていた「900形」が本流にあたり、年代的にも同年代になります。


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