【記録写真】老朽化している真田山陸軍墓地を見てきました

真田山陸軍墓地は、玉造のほど近くにある旧日本陸軍の集団墓地です。

日本のために戦ってくれた日本陸軍兵士のお墓なのに、その環境があまりにも荒廃していて不憫だということで大阪市が声をあげ、今年度から国によって修復する予算がつくことになりました。

大阪市天王寺区にある真田山旧陸軍墓地は、戦争で亡くなった軍人や捕虜など1万5千人以上が埋葬されていて、国有地として大阪市が管理しています。

墓石は老朽化が進んでいるものの、個人の名前が書いてあるため市の公金で修復することが難しく、吉村市長は国に国立墓地に変えた上で歴史の遺産として保存計画を立てるよう求めていました。

政府は国立墓地にするかは決めていませんが、全国の軍用墓地の補修予算を現在の年間約300万円から5年間で約5億円に増やす予算案を計上しました。

出典:Yahoo!ニュース『真田山旧陸軍墓地の補修費を国が予算計上』
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190108-00585306-kantelev-l27

現在は年間300万円の維持費でやりくりしていますが、国へ5億円の予算を計上するよう要請したとのこと。

 

私も大阪に住んでいながらこの地のことは知らず、いい機会なので一度行ってみることにしました。

 

真田幸村ゆかりの地、真田山に…

真田山は、戦国武将としても有名な「真田幸村」にちなんで名付けられた古戦場跡地です。現在は小高い丘になっています。

場所はこのあたり。長堀鶴見緑地線玉造駅から10分ぐらいの場所。

「宰相山公園」という公園にもなっています。

さて、丘を登ってみると…お墓らしき地がありました、陸軍省所??…と書かれています。

 

 

この段の下を覗いてみると……

 

 

おお……… 

 

曇天の寒空に枯れ木と共に並ぶたくさんの墓標……漫画の1シーンのようです。

 

 

真田山陸軍墓地の説明書き。1871年に日本で最初に設置された陸軍墓地なのだそうです。

 

確かに、お墓が傾いていたり石が削れていたりなど、老朽化が進んでいる印象。

 

先日の台風が原因でしょうか、木も折れてしまっていました。

墓標を詳しく見てみると、建立されたのは明治廿八(28)年とありました……120年前ですね。

死去日の後には「清国旅順?丘??病院死」と書かれてありました。

明治18年といえばまさしく日清戦争の時代。つまり、この方は清国(中国)の旅順という地の病院でなくなったことがわかります。

 

戦前は陸軍が管理していたそうですが、現在は財団法人「真田山陸軍墓地維持会」という団体さんが管理されているようです。

墓地には白黒の猫さんが我が物顔で歩いていました。

 

余談

この記事を書くにあたってさっと調べていた所…出てきたのはいつもお世話になっているBEのぶさんのブログでした。

”昭和考古学”を標榜とされているだけに、ドンピシャであるこの真田山墓地の記事も流石のクオリティとなっています。

ぜひこちらも御覧ください

 

 

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